南三陸町は旧志津川町と歌津町が合併してできたんだけど、C君の地元は歌津で志津川からは10Km位距離があり、山あいを走って町に下りるという「リアス式海岸」特有の道路状況な訳で。その山あいを下ると・・・。
「これより先 津波浸水想定区域」の看板が・・・。これ以上浸水しました。道路上のJR気仙沼線の線路が津波で破壊されています。
旧歌津町の入口付近の下り坂の危険看板を超えて津波はきたようで・・・。
「想定外 」と言う言葉をさんざん聞いた後だったので、何だか現実にこれは想定外なんだって思ってしまった。だって、地元の方々の中にはこの看板を毎日見ている方もいる訳で、それも何年も前から。と言う事は少なくとも看板が設置されてから今までは想定内の津波しかなかったって事で。それに誰も異論を唱えなかったと言う事で。それが今になって「想定外」を言うなっていうのも少し酷かなぁ?って思える瞬間だったから。そしてこれが現実だし・・・。誰が悪い訳でもないとわかっているのも事実だし。言ったらきりが無いよね。
歌津駅前。駅舎は残ってますが、線路はありません。津波が駅舎の下を通り抜けました。
南三陸町歌津の中心地から山あいの場所。遥か向こうまで津波が押し寄せてます。
この写真の道路をかなり山あいに入った所の廃校になった分校にC君の御両親が避難している。ご近所の仲の良いご家族の方々と一緒に。
C君の親父さんと話しているうちに泣けた。C君の親父さんは泣いている自分に戸惑っているような気がした。
「Oさん、親父と話しているとき泣いてたけど・・・俺達には泣いてる暇は無いんだよ」
「ただ、Oさんがわざわざ歌津まで来てくれて親父の前で泣いた事、俺はそれだけでいいでば」 C君の言葉が心に残った。
「Oさん。この先、前より規模は小さいかも知れないけど又、漁業やるがらね!」
復興するまで長い道のりになるだろうけど、自分は味方になるって思ったC君の言葉だった。