「本当なんだよ、富士山登ったんだよ」。まぁ、誰も「信じて無い」とは言ってないけどJ遊館のM輪さんあたりは内心「あのメタボが登ったのかい?」なんて疑問視してるんじゃないかな。「俺、常念岳登ったっすよ!」って自慢げに言ってたからなぁM輪さん。
富士山、周りに登ったっていう方が何人かいたんだけどその方々の誰からも「苦労した」「大変だった」という話は聞かず、今回同行した計4人全てがハイキング強位のレベルとナメテかかった事は事実で。
それがどうよ。石畳から石の階段がありそこから待望の土(火山灰?)部分に入るんだけど、土が見える前の石の部分で息があがっている自分ともう1名。これじゃあテッペンなんて夢のまた夢だわ。そんな出だしで・・・。
いつも自分は思う事があって、それは「人間、気合があれば何でもできる」ってA猪木師匠のお言葉のようだけど、病は気からとか成せば成るみたいな精神的なものをポリシーにしていたんだよね。
それが一番先に崩壊した!!気合だけじゃぁどうにもならない、成しても成るかどうか分からないってのが最初に感じた事だったよ。
次に更なる試練が・・・それは「体力の限界」。
気合論が崩壊した後 やってくるのは体力の限界であり、精神との戦いだった。
何しろ登れど登れど頂上は遥かかなたで、足は重くなり呼吸はきつく、本当にあそこまでたどり着けるのか?って 自分に問いかけながらって感じで。でも、一歩一歩・・。
そこで感じたのは「人間、体力の限界じゃぁ死なないんだ」って事。
健全な魂は健全な身体に宿るってのは本当だった。
暑さにたわけて自分に負けて、登山前の晩まで体内にガソリン補給していたツケがまわったんだ。今の素の自分にどこまでできるかの挑戦だ!!とか偉そうに言い訳しながら・・・。